「IoT・AIを生かしたクールジャパン」 ユーザー主導の日本ブランドとその未来 ~日本PTCフォーラム2017抄録~

 

平成29年5月29日(月)、PTC日本委員会の主催によるフォーラム「日本PTCフォーラム2017」が、主婦会館プラザエフ(東京都千代田区)で開催された。今回のテーマは「IoT・AIを生かしたクールジャパン」。IoT・AIを駆使してポップ分野、アニメ分野とその分野での技術に関する第一人者が参加し、クールジャパンについておおいに語った。
まず冒頭では、鍋倉眞一氏(PTC日本委員会委員長)による主催者挨拶が行われた。また、シャロン・ナカマ氏(PTC本部CEO)によるPTC本部の活動紹介プレゼンテーションも行われた。

 

・日本はポップカルチャーの国になった
続いて、中村伊知哉氏(慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授)による基調講演が行われた。日本のコンテンツ発信に数多く携わってきた経験から、日本のブランドイメージの本質や課題、2020年の東京五輪を見据えた取り組みなど、さまざまなテーマが取り上げられた。

中村 最初に、メディアとコンテンツの歴史について簡単におさらいしておきたいと思います。
1980年代中盤に、日本ではニューメディアブームが起きましたが、それらはアナログの多様化にとどまるものでした。それから10年後の1990年代前半には、マルチメディアブームが到来。インターネットが登場し、その上を流れるさまざまなデジタル情報をコンテンツと呼ぶようになりました。
さらに10年以上経った2010年頃、スマート化という次の波が来ます。デバイスが多様化し、通信のブロードバンド化、放送のデジタル化が進みました。さまざまな仕事がネットワーク上で行われるようになり、クラウドなどのサービスが浸透しました。
マルチメディアブームの時には、「これからはコンテンツが大きく産業として成長する」と言われ、「コンテンツ立国」が標榜されたものです。しかし、少子化の影響もあり、現在ではコンテンツ産業はむしろ縮小しています。一方で、SNSというソーシャルメディアが、ビジネスの面でもトラフィックの面でも急成長。スマート化の時代には、コンテンツだけではなく、コミュニケ―ションやコミュニティが重要な位置を占めるようになっています。
では、コンテンツ産業の未来はどこにあるのでしょうか。国内市場が縮小しているなかで、やはり課題となるが世界市場への進出です。
そこで触れておきたいのが、日本のブランドイメージです。海外の人に日本のイメージについて質問すると、古い世代は電化製品や自動車など「ものづくり」のイメージが強い。ところが、若い世代ではそんなイメージはありません。日本と言えばアニメやゲーム。日本はポップカルチャーの国となりました。
さらに言えば、今や海外の人たちの方が、日本の文化について詳しかったりします。日本に住んでいる外国人に至っては、日本の「クール」はもはやアニメでもゲームでもない。彼らが自分の国に持って帰りたい日本の「クール」は、マッサージチェア、給食当番、交番、日本のお母さん、といったものです。日本人が当たり前に思い、見落としているところに、外国人は新たな価値を見出しています。
このなかで、たとえば給食当番は海外にはないものです。子供が自分で配膳する教育システムこそが、日本人の「おもてなし」の精神を育んでいると彼らは見ています。
また、日本で一番クリエィティブな存在は「お母さん」だと言います。いわゆる「キャラ弁」を毎日作り続け、しかもそのオーディエンスは自分の子供一人だけ。そのエネルギーは海外の母親にはないものだそうです。日本の食卓のレパートリーが豊富なことも外国人を驚かせ、日本のお母さんたちのクリエイティビティを証明しています。

 

・日本ではユーザーが技術の応用を牽引
中村 アニメやゲームだけでなく、さまざまな分野でクリエィティビティを発揮してきた日本のカルチャーですが、ここで重要なのは、それをここまで引っ張ってきたのは、政府でも企業でもなく、ユーザー自身だということです。特に若い、デジタルなユーザーがここまで日本のポップカルチャーを牽引してきました。
私は2000年頃に、アメリカ東海岸の大学に勤務していたのですが、当時は、毎月のように教授陣が東京に出張し、大学に戻っては緊急集会が開かれていたものです。当時の日本では、世界で最初にネットとケータイを組み合わせたシステムが導入されていました。ケータイでメールを打ったり、写真を撮るといったことが広がりはじめた頃です。
アメリカの教授たちは、日本のそういったカルチャーを見に来ていました。女子高生たちの行動を観察してはアメリカに戻り、「東京はすごいぞ。ティーンエイジャーたちが親指でコミュニケーションを取っている。そんなすごい人種が地上に現れた」と議論を交わす。日本では大人たちが女子高生に眉をひそめていたわけですが、実はその女子高生こそが、テクノロジーを最先端で駆使する人種であり、日本を牽引する存在だったと言えます。
そんな日本について、今から10年前に、注目すべきビッグデータが現れました。2007年、アメリカの会社が世界中のネットで使われている言語を集計したところ、日本語が37%で世界一となったのです。ネットで使われている日本語のほとんどが、ケータイ上で若い人たちが交わす言葉でした。「今起きた」「腹減った」といったように、他愛もないものばかりです。
ただし、ここで注目すべきは内容ではありません。日本の人たちはコミュニケーション下手でシャイだとすり込まれてきましたけれども、いざネットの世界になると、非常に多くの情報を発信したがっていたことがわかります。その傾向は今も続いていて、モバイルユーザー1人当たりの月間情報発信量に関する2015年の調査では、日本は世界平均の5倍で、ダントツの世界1位となっています。日本は若いユーザーを中心に、ネットを使いこなして情報を生産・発信する一大コミュニティなのです。

 

・2020年の東京五輪は大きなチャンス
中村 スマート化が進行するなか、日本人はブランドイメージを世界に向けて醸成し、若いユーザーを中心に情報発信も活発にしてきたわけですが、それでは、今後はどのような展開をしていくべきなのでしょうか。実は、時代はスマート化のさらに先、「Beyond Smart(超スマート)」の段階へと進んでいます。
そこでは、ウェアラブル、IoT、AIといったことがキーワードとなります。特にAIについて言えば、近い将来、スマホ同士で仕事をしてもらえれば、それで済む時代が来るかもしれません。少なくとも僕は、早くそうなって欲しいと思っています。
AIによって、人の仕事の半分が奪われることになるとよく言われます。AIが人の仕事をやってくれるので生産は落ちませんから、超ヒマ社会が訪れる可能性があります。僕は超ヒマ社会がやって来ることを非常に楽しみにしています。
超ヒマ社会では、人間のやるべきことが本質的に問われることになるでしょう。そこで私が提案するものの1つが、「スポーツをしましょう」ということです。スポーツは自分でやるから楽しいのであって、ロボット同士の対戦を見ていても、あまり興奮しません。当面は2020年の東京五輪に向けて、新たなスポーツの挑戦をしたいと考えています。
人類はずっと身体の拡張を願ってきました。杖を作り義足を作り、眼鏡や補聴器を作り、一方で浮き輪を作り船ができて、車や飛行機、ロケットが出来上がりました。外へ外へと身体を拡張してきたわけですが、これからは自分たちの身体にいろいろなものを取り込んで、「拡張した身体とは何なのか」を問い直す時代がやって来ます。誰もがスーパーヒューマン、超人になれる時代と言えます。
そこで、私は2年前に「超人スポーツ協会」という組織を立ち上げました。超人スポーツとは、ITやロボット、VRなどの技術を取り込んで、人と機械が融合したまったく新しいスポーツです。
現在、五輪で採用されているようなスポーツは、ほぼすべて19世紀までにできたスポーツ、いわば農業社会のスポーツということになります。続く20世紀の工業社会では、モータースポーツが生まれました。一方、われわれは21世紀に生きる人間として、情報社会のスポーツを追求していくことにしたというわけです。既に20種類の超人スポーツを開発しました。
できれば2020年の東京五輪開催に合わせて、超人スポーツ国際大会を開きたいと考えています。また、超人スポーツだけでなく、通信や放送、音楽、アニメ、ゲームといった「クールジャパン」戦略の拠点となるような、さまざまな特区構想も進めています。
メディアと五輪の歴史を振り返ってみても、2020年は大きな転換点になると思います。1936年のベルリン五輪では、初めてラジオ中継が実現しました。1960年のローマ五輪では、テレビの録画中継が始まりました。1964年の東京五輪では、人工衛星によるリアルタイム中継になりました。2012年のロンドン五輪では、すべての競技がネットで生配信され、ソーシャル連携も行われました。
こうした流れを踏まえると、2020年の東京五輪は、4K・8K、VR、AR、ロボット、ドローン、IoT、AI、ビッグデータなどの最新テクノロジーを導入するショーケースになり得るのではないでしょうか。2020年は、日本が一気にそこへ向けて動き出すチャンスと捉えるべきです。

 

・未来予測を可能にした「VR元年」
 
基調講演に続いて、パネル・ディスカッションが行われた。ディスカッションに先立ち、各パネリストによるプレゼンテーションを実施。順に、水口哲也氏(レゾネア代表、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授)、稲見昌彦氏(東京大学先端科学技術研究センター教授)、高橋征資人氏(よしもとロボット研究所チーフクリエータ兼バイバイワールド株式会社代表取締役)が登壇した。
まず最初に、水口氏がVRゲームなどの最新事情と、VRの未来予測についてプレゼンテーションを行った。
 
水口 私は1992年頃からVRゲームの開発に携わってきました。VRの時代が本格的に到来した最近では、「REZ INFINITE」という作品を手がけています。サイバースペースを舞台に、ホワイトハッカーとなってウイルスを駆逐しているゲーム内容なのですが、プレイしていくと音楽と映像が呼応し、まるで自分が世界を創造しているかのような、まったく新しい体験ができるようになっています。この「REZ INFINITE」という作品は、昨年10月に発表し、ゲーム界のアカデミー賞である「The Game Awards 2016」でベストVR部門グランプリを受賞しました。
さらに現在は、音楽による体験を全身に拡張することができる作品を開発しています。「SYNESTHESIA SUIT」という作品で、26個の振動素子を全身に付けて、音楽を触覚で感じることができるようになっています。たとえば、ギターの触覚やベースの触覚、ドラムの触覚などをすべて表現することができます。さらに触覚が体中を回ったり、ギターで体が弾かれるような触覚など、これまで味わったことがないような体験も可能です。
このように、VRの世界も日々進化しているわけですが、では、その先にはどのような未来が待ち受けているのでしょうか。昨年から今年にかけては、PCやスマホ、ゲーム端末と接続したVRが広まりました。今年の年末から来年にかけては、スタンドアロンのものがたくさん出てくると思います。また、MR(Mixed Reality)が広まってくるでしょう。
従来のVRは閉じた状態で、世界を体感するものです。一方、MRは、リアルに存在するものとの合成が可能となります。たとえば、自分の部屋で、自由にバーチャルなディスプレイを配置したりすることもできます。
このMRがIoTなどと結びつくことで、そこにある物、そこにいる人、さまざまなデータなどを、1つの開いた空間ですべて見ることができるようになります。今から数年後には、一般認識としてもVRは開いたものとなり、リアルな世界との関わりが始まっていくはずです。さらに今から10年後には、8K技術によって現実と寸分違わぬ立体映像が可能になる。そこからビッグデータなどの蓄積・活用が当たり前になされ、今から30年後の生活は劇的に変わっているでしょう。
昨年のVRの普及をきっかけに、急速に数十年後までの未来予測が可能になりました。その意味で、「VR元年」とも呼ばれた昨年は、画期的な年だったと思います。

 

・「身体性の編集」が可能になる
次に、稲見氏が、これからのVR技術と、VRによって変わる人間の身体性について言及した。
 
稲見 VR技術の今後については、さまざまな課題があります。そのなかで私が特に注目しているのは、ライトフィールド技術と呼ばれるものです。
ライトフィールド技術の一例として、老眼に優しいということが挙げられます。ライトフィールド技術により、VRゴーグル上で、必ず1メートルから1.5メートル先にピントが合うように設計することができます。ですから、パソコンやスマホと違って、VRゴーグルでは老眼でもはっきりとモノが見えるようになります。
また、ライトフィールド技術を駆使すれば、VRゴーグルをかけても外しても、画面上では常にピントが合った状態にすることもできます。たとえば、手に持っている時は普通のスマホですが、それを目に近づけるとVRになる、といった装置を作ることも可能になるでしょう。おそらく10年先にはこうしたライトフィールド技術が一般的になっているはずです。
一方で、VRの進歩は、人間の身体性にも大きな変化をもたらしています。たとえば、VRによって別の人種になったりという体験もできるようになった。そうした体験の結果、人種的な無意識の偏見が解消されるというように、身体性の変化が心理に与える影響も明らかになってきています。
すなわち、VR技術によって、これからはポスト身体社会が訪れるのかもしれません。今ある肉体によって仕事をするのではなく、新しいVR上の身体を介して、仕事を行っていく。また、VR上にとどまらず、リアルに身体を拡張することも考えられます。
私も実際に、そうした研究を行っています。2本の人工的な腕を肩に付けて、足に取り付けたセンサーを介してそれらを操作する。人間が4本の腕で作業ができるようになるというものです。
こうした技術が確立されれば、身体性のイメージも大きく変わると思います。身体のどこが不自由であるといった考え方さえ変わるでしょう。もし、右手が使えなくなっても、足を使えば手の代わりになるだろうし、誰かの手が不自由なら、自分の足を代わりに使ってあげてもいい。さまざまな身体の組み合わせ、すなわち「身体性の編集」が可能になるというわけです。

 

・目標は「どこか人間くさいロボット」
続いて、高橋氏は、自身が手がけてきたロボット(拍手ロボット「ビッグクラッピー」)やロボット用コンテンツ(「ペッパー」向けコンテンツ)を紹介しつつ、ロボット開発で心がけていることなどについて語った。
 
高橋 私が開発した「ビッグクラッピー」は、人工的にパチパチという音を奏でられるマシンです。電源を入れるだけで、設定したシチュエーションに応じてセンサーが反応し、拍手を鳴らしたり、セリフをしゃべったりします。たとえば「店頭」というシチュエーションを選んでおくと、人が近づいた時には「こちら営業中です」と拍手しながらしゃべり、人が離れると「ありがとうございます」と挨拶します。このロボットで、ティッシュ配りの仕事くらいは奪えるようになったかもしれません(笑)。他にも、職場、誕生会、スポーツ観戦などにおいて、シンプルに声と拍手で場を盛り上げることができます。
実証実験も行いました。東京郊外の個人商店に設置したところ、ビッグクラッピーが「よってらっしゃい、みてらっしゃい」と声をかけると、多くの人が大きな関心を持って近づいてきました。特に小中学生の反応は良く、みんな笑顔で大笑いします。なお、ビッグクラッピーは年内に発売開始予定です。
このようにわれわれは、1つの仕事や作業に特化したロボットの開発を進めています。“ちょっとのことしかできないロボット”が、今後たくさん世の中に増えていけばいい。目指しているのは、どこか人間くさいロボットです。
一方で、「ペッパー」向けのコンテンツ開発も行っています。ペッパーが発売される前から開発に携わり、現在までに数百のコンテンツを作ってきました。最近では、より役に立つコンテンツを、ということで、人の心を癒すヒーリングコンテンツ、人の脳を鍛えるコンテンツ、家電を操作するコンテンツ、などを開発しました。
ペッパー向けのコンテンツを作る上で心がけているのは、たとえば“空気”を読むということです。従来のロボットは、人と目が合ったら急にニュースの話をしたり、急に踊り出したりと、行動が唐突でした。そうではなく、ちゃんとユーザーの状態を把握し、話しかけるタイミングを読み、ユーザー個人の情報を反映した会話・コミュニケーションになるよう意識しています。
また、ついついロボットは上からの目線でユーザーに話しかけがちです。ロボットは人間と対等か、むしろちょっと下くらいでいろいろなものを提案する方が、ユーザーにとって受け入れられやすい。たとえば、エクササイズについて「この動画の通りやってください」と上から言うのではなく、「僕もやるので、やってくれたらうれしいです」とちょっと下から言うことが大切と考えています。

 

・文明の転換点――「ソサエティ5.0」
プレゼンテーション後、中村氏も交えながら、菊池尚人氏(融合研究所代表理事、一般社団法人CiP協議会参与)をモデレーターにして、フリーディスカッションが行われた。

菊池 まず、中村さんから、パネリストのみなさんのプレゼンテーションにつきまして、コメントをいただければと思います。

中村 水口さんが「10年後の未来が見えるようになってきた」とおっしゃいましたが、そこで大事なのは、「テクノロジーがこうなれば、世の中はこうなる」とか、「僕らはこうなる」というふうに空想していくことだと思います。クリエイティブの源となるイマジネーションが試されていると同時に、今のこの時代くらい、イマジネーションを発揮できる瞬間というのはないのではないでしょうか。非常にハッピーな段階に入ってきたと感じています。
稲見さんの「身体性の編集」というお話も興味深かったです。IoTやAIといえば、僕たちの目の前にあるモノがつながっていったり、賢くなるという前提になりがちなのですが、稲見さんがおっしゃったのは、むしろわれわれの身体の側に変化が及んで、肉体の感覚も変容していくということでした。だとすれば、「身体性の編集」を境に、人類史はそれ以前と以後に分けられるくらいの話になりそうです。
ところで、IoTやAIについて、日本政府は「インダストリー4.0(第4次産業革命)」という言い方をしてきましたが、この言葉はドイツから来ているということもあり、最近では「ソサエティ5.0」という言い方をするようになってきています。私もこの言い方の方がいいと思っています。なぜなら、IoTやAIは、産業革命よりももっと大きな社会的インパクトを秘めているからです。
ソサエティ5.0が意味しているのは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く、文明社会の第5段階が来るというものです。そうした、産業というよりも、文明が変わる瞬間に立ち会えそうというワクワク感を実際に形にしてくれているのが、水口さんや稲見さん、高橋さんといった方々だと思っています。

 

・未来に向けて日本が取り組むべきこと
菊池 IoTやAI、8Kといった技術は、2030年頃にはかなり広まっていると予測されます。そこで、2030年代に向けて日本としては、どういったことに取り組んでいくべきと考えますか。
写真 菊池氏
高橋 ロボットを作っていると、やはり言語のやり取りが難しいと感じます。特に、フェイス・トゥー・フェイスのやり取りは言葉だけでなく、顔の表情や声のトーンも考慮しなければならない。しかし、現状ではAIを使った会話がそこまで到達できる気配がまったくしません。
もちろん、特定の目的達成のためにやり取りをするようなAIはできると思いますが、そこで満足せず、人が喜べるような、情的なコミュニケーションをいかに設計するかを考えていくべきでしょう。単なる目的達成型ではなく、デジタルによって世の中が味気なくならないような視点を持つことが大事だと思います。
稲見 AIでいえば、グーグルの自動翻訳などが大きなインパクトを与えるようになっています。ポジティブな面としては、英語が苦手な日本人が、海外で活躍できるようになるかもしれません。
一方で、日本はこれまで、日本語という障壁によって、逆説的に独自の文化を生み出してくることができました。その日本に、自動翻訳を通して海外から人材がやって来やすくなるので、否が応でも日本の文化はグローバル化の影響を受けることになるでしょう。そこで、あえて情報的なガラパゴス、情報的な島宇宙を作り、魅力的な日本の文化、コミュニティを保ちつつ、海外からの人材も受け入れていく、という戦略が必要になると思います。
水口 近年、GNH(国民総幸福量)というものが注目されていますが、2030年代に向けて、日本はこのGNHに基づいたブランディングにも力を入れていくべきだと思います。日本の魅力というのは、ある種のガラパゴス的な空間で熟成されてきた、「人の良さ」とか、地震でも揺るがない「秩序」といったもので、外国人もそうした日本人の特性を好みます。「日本はどこか世界をハッピーにさせる力がある」という観点から、日本の魅力を最大化させていくことを考えるべきではないでしょうか。

 

・どのようにAIと付き合っていくべきか
菊池 2045年には、AIの進歩がいわゆるシンギュラリティに到達すると言われています。これから人類は、どのようにAIを付き合い、活用していくべきとお考えですか。
高橋 AIを使って、何か決まりきった目的を短時間で効率的に行うということに関しては、どんどん進めていくべきでしょう。ただ、その一方で、人間は“無意味”なものが好きですから、AIを使って目的のないコミュニケーションや刺激を求めていくのも面白いと思います。少なくとも僕自身は、AIによっていかに“無意味”なコミュニケーションやエンターテインメントを作れるか、といったところにチャレンジしていきたいですね。
稲見 私がやろうとしていることは、大きな方向性として2つあります。
まずは、自分を拡張するAI。たとえば、かな漢字変換といったものも、自分を拡張するAIの一種です。かな漢字変換のおかげで、漢字を忘れても、スラスラと文章を書くことができるわけです。個人が表現をうまく拡張していくAIというのは、今後注力していくべきジャンルの1つでしょう。
次に、自分のコピーとしてのAI。AIによって、その人物の考え方などをコピーすることで、究極的にはわれわれの“寿命”というものがなくなるかもしれません。いわば、デジタル版の“イタコ”のようなものができれば、墓参りをして故人に話しかけるのではなく、デジタル“イタコ”に直接相談するという世界がやってくる可能性もあります。
水口 高橋さんがおっしゃったように、人間は“無意味”なことにも幸せを感じたりします。「どんなロボットが欲しい?」と周囲に聞いてみても、女性なんかの場合には、「常に自分の気分を良くしてくれるイケメンロボットが欲しい」という意見が結構ある(笑)。明確な目的があるというよりも、何かあれば気持ちよくコミュニケーションを取ってくれて、幸せな気分にしてくれる。まるで相方が常にいてくれるようなAIというのも、これから求められていくような気がします。AIによって人間が管理されるのではなく、人間が生きやすくなるような世界にしたいですよね。

 

・クールジャパンのあるべき姿
菊池 IoTやAIを見据えた社会においては、どういう人材育成が必要になるのでしょうか。
稲見 AIのイノベーションが進めば、自分でルールを読み取ったり、プログラムを書くAIというものが生まれてきます。そうなると、もはやプログラム教育というもの自体が、近い将来には不要となるでしょう。
そうなった時に必要となるのは、AIにどう命令するかというよりも、むしろAIの“気持ち”になって考える教育だと思います。たとえばAIが読み取りやすいような文章の書き方や、AIに引用されやすいような論文の書き方など、AIに最適化していく力を学ぶ。さらに言えば、AIの深層学習が発展していくなかで、人間がAIから新たな教育論を学ぶことになっていくかもしれません。

 

菊池 最後に、最近、注目している人や現象があれば教えてください。

高橋 「ギャル電」という女子ユニットですね。要はギャルが電子工作をしているのですが、最近の電子工作は簡単にできるようになっているので、それを自己表現に使えるような段階になっているという話です。電子工作で自分の帽子をビカビカに光らせていたりする(笑)。非常にラフな感じでテクノロジーを使う集団というのが他にもいっぱい出てきていて、その自由さやバカバカしさがすごく好きですね。
菊池 IoTやAIというと、どうしても冷たい数字の世界になりがちですが、“くだらない”とか“あたたかい”という要素が、特に日本ではユーザーレベルから着々と育ってきているのかもしれませんね。まさにクールジャパンのあるべき姿だと思います。本日はありがとうございました。

 

ディスカッション終了後は、主婦会館プラザエフ内で懇親会も開かれ、引き続き活発な意見交換が行われた。自由闊達なムードのなか、フォーラムは成功裏に終わった。